10年振りに行った祖母の家は昔と何一つ変わってませんでした。
主が居ないこと以外は
小学生だった頃、夏休みになると必ず2~3週間祖母の家に泊まりに行ってました。
四国のほぼ中央にある祖母の家には田畑が有り、コメや芋類はもとより、スイカやとうもろこし、かぼちゃにトマト、なすび、きゅうり、白菜等々を栽培し、わらび、ぜんまい、つくし、せり、ふき等の山菜もよく食卓に並んでました。豆腐や味噌も自家製でした。
肉や魚は週に2度ほど移動販売車が広場に売りに来て、そこがコミュニティーの場となってました。
山深い土地は自然の宝庫であり、従兄弟と一緒に毎日川遊びやクワガタ捕りに行ってました。
疲れて帰って来ると湧水で冷やしたスイカをたらふく食って昼寝して、またクワガタを捕りに行って・・・
中学・高校になるとクラブや友達との付き合いなんかでだんだんと疎遠になり、盆と正月にちょこっと顔を出す程度になってました。
大学・社会人になると関西での生活が忙しくて帰省するのも億劫になり、正月にすら帰らなくなってました。
気が付けば10年も会ってなかったんです。
そんな中、祖母が先日逝去しました。
数週間前に危篤と言われ、急いで駆けつけたのですがもう意識が戻ることはありませんでした。
小さい頃、あんなに世話になったのに、ありがとう の一言も言えなかったのが心残りでなりません。
久しぶりに会った親戚と話をするに、この辺りも小学校が廃校となり、葬儀ばかりで結婚式にはここ数年出たことが無いとか暗い話ばかりでした。
有史以来初めて、都市生活者の総数が全世界人口の50%を超えたそうです。
ふるさと納税制度が議論されてますが、中途半端なことじゃ過疎化・高齢化の流れを止めることは出来ないと思いました。
そう言う自分には何が出来るのか・・・
故里が廃れていくのをただじっと見守るしかないのか・・・
本当に豊かな生活って何なんでしょうね。
ちょっと重い話題になってしまいました。
ツバメの雛が親鳥と同じ大きさになってました。
巣立も近いと思いますが、彼らはまたこの地に戻ってきて巣作りをすることでしょう。
主が居ないこと以外は
小学生だった頃、夏休みになると必ず2~3週間祖母の家に泊まりに行ってました。
四国のほぼ中央にある祖母の家には田畑が有り、コメや芋類はもとより、スイカやとうもろこし、かぼちゃにトマト、なすび、きゅうり、白菜等々を栽培し、わらび、ぜんまい、つくし、せり、ふき等の山菜もよく食卓に並んでました。豆腐や味噌も自家製でした。
肉や魚は週に2度ほど移動販売車が広場に売りに来て、そこがコミュニティーの場となってました。
山深い土地は自然の宝庫であり、従兄弟と一緒に毎日川遊びやクワガタ捕りに行ってました。
疲れて帰って来ると湧水で冷やしたスイカをたらふく食って昼寝して、またクワガタを捕りに行って・・・
中学・高校になるとクラブや友達との付き合いなんかでだんだんと疎遠になり、盆と正月にちょこっと顔を出す程度になってました。
大学・社会人になると関西での生活が忙しくて帰省するのも億劫になり、正月にすら帰らなくなってました。
気が付けば10年も会ってなかったんです。
そんな中、祖母が先日逝去しました。
数週間前に危篤と言われ、急いで駆けつけたのですがもう意識が戻ることはありませんでした。
小さい頃、あんなに世話になったのに、ありがとう の一言も言えなかったのが心残りでなりません。
久しぶりに会った親戚と話をするに、この辺りも小学校が廃校となり、葬儀ばかりで結婚式にはここ数年出たことが無いとか暗い話ばかりでした。
有史以来初めて、都市生活者の総数が全世界人口の50%を超えたそうです。
ふるさと納税制度が議論されてますが、中途半端なことじゃ過疎化・高齢化の流れを止めることは出来ないと思いました。
そう言う自分には何が出来るのか・・・
故里が廃れていくのをただじっと見守るしかないのか・・・
本当に豊かな生活って何なんでしょうね。
ちょっと重い話題になってしまいました。
ツバメの雛が親鳥と同じ大きさになってました。
巣立も近いと思いますが、彼らはまたこの地に戻ってきて巣作りをすることでしょう。
この話、私も感じるところがあります。
返信削除私が今、住んでいる広島は私が生まれた街であり、父も祖父も生まれ、そして暮らした街です。
が、母の実家は関西圏の某地方にあり、今は誰も住んでいません。
子供の頃、夏休み、冬休み、そして春休みに母に連れられてそのおじいちゃん、おばあちゃん家に遊びに行くのが何よりも楽しみでした。
…なんか、思い出して涙、出そうになるな…
酒飲んでるし、これ以上書くのはやめきます。
ご愁傷さまでした。
》tetsu24さん
返信削除故里を残したいという気持ちは大事なんでしょうけど、実は都市生活の便利さを享受している側の人間のエゴかも知れないとも思うんです。
実際にそこで暮している人の不便さや何より生活の苦しさを、生活者として実感していないから。
インターネットも繋がらないし。
でも、このまま廃れていくのは辛いです。
この度は御愁傷様でした。
返信削除なんとも美しい景色と立派なお庭ですね。
私もおばあちゃん子だったので、
早く孫を見せてやらないといけないと思うのですが・・・(焦)
TOHMのクラブミーティング参加費はいつお渡ししましょうか?
》simさん
返信削除今じゃ考えられないですが、子供の頃はこの池でよく泳いだものです。鯉やカエルといっしょに^^
参加費は、またそちらに遊びに行きますのでその時まで預かっておいて下さい。
来週のどっかでお邪魔しま~す。
行く前の日にメールしますね。
この度はご愁傷様でした
返信削除うちはもう父方も母方もじいちゃん、ばあちゃんは全部いません
一応自分の田舎に戻ってますが家業を継いだわけではなく、弟も両親と同居するか分りません
母方の方も帰る実家はありません
tetsu24さんじゃないですけど、じいちゃん家がなくなるってすごい辛いです
思い出がなくなっちゃうみたいで
僕も東京に住んでいた期間が長く、うちの田舎もそれほど田舎ではなくても不自由を感じる自分がいつかその良さが分れば良いなと最近よく思います
》こぶさん
返信削除そうですね。いくら心のふるさとと言ってみても実際に「帰るところがある」ことがどんなに大切なことか。
故里を残したい、残って欲しい、けれど自分がそこに住むとなると・・・ん~仕事ないし不便だしとなっちゃうワケで。。。難しい問題ですね。